税制が市場を形作る。『第三のビール』が生まれた本当の理由

先生

皆さん、こんにちは!今日はちょっと面白いテーマについて考えてみましょう。皆さんが普段、スーパーやコンビニで目にする「ビール」と書かれた飲み物、実はいくつか種類があるって知っていましたか?

生徒

あ、はい!ビールと、発泡酒と、「第三のビール」とか「新ジャンル」って書いてあるのがありますよね。値段が違うから、なんとなく安い方を選んじゃいますけど……。

先生

そう、その通り!値段が違うのがポイントですね。実はこの「第三のビール」が生まれた背景には、日本の「税金」が大きく関わっているんです。今日は、「税制が市場を形作る。『第三のビール』が生まれた本当の理由」というテーマで、この不思議な飲み物がどうして生まれたのか、そしてそれが私たちの暮らしや経済にどんな影響を与えているのかを探っていきたいと思います。

生徒

え、税金が関係してるんですか?お酒の税金って、種類ごとに違うってことですか?

先生

まさにその通り!税金は、ただ国がお金を集める手段と思われがちですが、実は市場に新しい商品を生み出したり、私たちの買い物の仕方を大きく変えたりする、とても強力な力を持っているんです。今回の「第三のビール」のケースは、その力が最も分かりやすく現れた事例と言えるでしょう。皆さんがいつも目にするあの安いビールテイスト飲料が、実は税金の仕組みが生み出した「市場の隙間」から生まれたものだとしたら、面白いと思いませんか?

生徒

すごい、税金ってそんな影響力があるんですね!なんで「第三のビール」って名前なんですか?ビールじゃないのにビールって書いてあるのも気になります。

先生

良い質問ですね!その疑問を解き明かす鍵も、日本の複雑な酒税法の中に隠されているんです。この記事では、まず「第三のビール」が具体的にどんなものなのか、そしてそれ以前の「発泡酒」がどうやって生まれたのか、歴史を辿っていきます。その後、最も重要な「税制優遇策」がどのように作用して「第三のビール」が誕生したのか、さらにそれが消費者の生活やメーカーの競争にどう影響を与えたのかを詳しく見ていきましょう。最終的には、税制改正によって今、この「第三のビール」がどんな立ち位置にあり、今後どうなっていくのか、そしてこの一連の出来事が私たちにどんな教訓を与えているのかを考えていきます。さあ、税金と市場の不思議な関係を一緒に探求していきましょう!

税制が市場を形作る序章

税制は、国家が財源を確保するための重要な手段として認識されがちですが、その影響は単なる財政面に留まりません。むしろ、税制は市場の構造そのものを劇的に変革し、企業の戦略、消費者の行動、さらには新たな産業や製品カテゴリーの誕生にまで深く関与する、強力な市場形成ツールとしての側面を持っています。特に、消費財市場においては、税率のわずかな違いが、巨大な市場のパラダイムシフトを引き起こすことが珍しくありません。

私たちが普段、何気なく手に取る商品の一つである「第三のビール」、あるいは「新ジャンル」と呼ばれる飲料は、まさにこの税制と市場の密接な関係を象徴する存在と言えるでしょう。このユニークなカテゴリーは、単に消費者の低価格志向だけではなく、複雑かつ多岐にわたる日本の酒税制度の「隙間」を縫う形で生まれ、瞬く間に一大市場を形成しました。これは、税制が既存の市場に影響を与えるだけでなく、全く新しい市場を「創造」し得るという驚くべき力を示した事例なのです。

税制が市場を形作るメカニズムは多岐にわたります。例えば、特定の製品に対する高い消費税や酒税は、その製品の最終価格を押し上げ、消費者の購買意欲を減退させます。この結果、消費者はより税負担の少ない代替品へとシフトするか、消費量そのものを減らす可能性があります。逆に、環境に配慮した製品や新技術への導入を促すための税制優遇措置は、企業の投資を促進し、新たな市場を創造する強力なインセンティブとなります。企業は、税負担を最小限に抑えつつ、競争優位性を確保するために、製品開発の方向性、生産プロセスの効率化、さらには事業構造そのものを見直すことも珍しくありません。

消費者の側も、税制の影響を無意識のうちに受けています。増税が報じられれば駆け込み需要が発生し、減税措置が発表されれば購買意欲が喚起されるといった現象は、その典型です。税金は、私たちの日常的な購買選択や消費行動に深く、そして巧妙に影響を及ぼしているのです。そして、このような個々の消費行動の変化が積み重なることで、市場全体が徐々に、しかし確実に変容していく様子を私たちは目の当たりにしているのです。

本記事で深く掘り下げる「第三のビール」の誕生と成長の物語は、この税制の市場形成能力を最も鮮明に示しています。日本の酒税法において、ビール、発泡酒、そして第三のビールというカテゴリーがそれぞれ異なる税率を設定されたことで、メーカーは新たな製品を開発する明確なインセンティブを得ました。これは単なる価格競争の激化に留まらず、税制という外部要因が、それまで存在しなかった新たな需要と市場を文字通り「創造した」好例と言えるでしょう。

序章となるこのセクションでは、税制が単なる財源確保の手段ではなく、いかに市場経済の動脈とも呼べる重要な役割を果たしているか、その本質に迫ります。そして、次のセクションから、「第三のビール」がどのようにしてこの税制のロジックの中で生まれ、成長し、今日の市場を形作っていったのかを詳細に分析していきます。税制が秘める市場創造の力、その全貌を解き明かし、経済活動における税制の真の影響力を明らかにすることを目的とします。

「第三のビール」とは何か?市場の隙間を埋めた存在

「第三のビール」という言葉を聞いて、多くの方が「ビールとは違うけれど、ビールの味がする、安価なアルコール飲料」という認識をお持ちかもしれません。しかし、その実態は、日本の複雑な酒税制度の巧妙な隙間を縫う形で誕生し、市場に新たなカテゴリーを確立した画期的な存在です。一般的には「新ジャンル」とも呼ばれ、ビールや発泡酒とは異なる酒税区分に属することで、消費者にとって魅力的な価格帯を実現しました。このカテゴリーは、単なる価格競争の産物ではなく、税制と消費者のニーズが奇跡的に合致した結果として生まれた、まさに「市場の隙間」を埋めるための戦略的な製品なのです。

では具体的に、「第三のビール」とはどのような飲料を指すのでしょうか。日本の酒税法において、ビールは「麦芽比率が50%以上」であること、発泡酒は「麦芽比率が50%未満」、または麦芽を使用せず「麦を原料としたスピリッツなどを加えたもの」として定義されています。これに対し、「第三のビール」は、大きく分けて二つのタイプが存在します。一つは、麦芽を一切使用せず、大豆やエンドウ豆などの植物性タンパク質を主原料とした発泡酒にスピリッツなどを加えたもの。もう一つは、麦芽使用比率の低い発泡酒に、麦を原料としないスピリッツを添加したものです。これらの製法上の工夫により、酒税法上の「ビール」や「発泡酒」とは異なる税率が適用され、結果として低価格での提供が可能となりました。

「第三のビール」が市場に登場した背景には、消費者の強い節約志向がありました。1990年代後半から2000年代にかけて、日本経済は長期的な低迷期に入り、消費者の間では「いかに安く、日々の生活を楽しむか」という意識が高まりました。特に、アルコール飲料は毎日のように消費されることが多く、その価格は家計に大きな影響を与えます。ビールは長らく国民的飲料として親しまれてきましたが、その価格は決して安いとは言えませんでした。そこに、より手軽に楽しめる発泡酒が登場し、一定の需要を獲得しましたが、それでもまだ「安価なビール代替品」へのニーズは残されていました。

このような状況下で、メーカー各社は既存の酒税法の枠組みの中で、いかに「ビールらしい味わい」を低価格で提供できるかを模索しました。そして、試行錯誤の結果たどり着いたのが、従来の「ビール」や「発泡酒」の定義から外れる、全く新しい製法による製品群、すなわち「第三のビール」だったのです。この新カテゴリーは、税制上の優位性を最大限に活用することで、消費者に「手頃な価格で、ビールに近い満足感」を提供するという、それまで市場に存在しなかったユニークな価値を創出しました。

「第三のビール」の登場は、ビール市場全体に大きな変革をもたらしました。それまで「ビール」が担っていた役割の一部を代替し、発泡酒とともにビール市場のシェアを侵食していったのです。しかし、これは単なる競合製品の増加ではありませんでした。むしろ、新たな価格帯と価値観を持つ製品が市場に加わることで、消費者の選択肢が広がり、アルコール飲料市場全体の活性化にも貢献しました。例えば、これまで価格を理由にビールの購入を控えていた層が、「第三のビール」を通じてアルコール飲料を楽しむ機会を得るなど、潜在的な需要を顕在化させた側面もあります。

このように、「第三のビール」は、単なる安価な模倣品ではなく、酒税法という国家の規制が作り出した「市場の隙間」をメーカーの技術力と戦略で埋め、消費者のニーズに応えた革新的な製品と言えます。その誕生と普及の物語は、税制がいかに市場構造を再定義し、新しい産業や製品カテゴリーを創造する力を持っているかを、まさに雄弁に物語っているのです。

ビール酒税の歴史と発泡酒の誕生

日本の酒税は、古くから国家の重要な財源としての役割を担ってきました。特にビール酒税は、その税収規模の大きさから、酒税制度全体の中でも特筆すべき存在です。しかし、このビール酒税の制度は、単に税金を徴収するだけでなく、ビール業界の構造や製品開発の方向性、さらには消費者の選択にまで大きな影響を与えてきました。そして、その歴史の中で、税制の隙間から生まれたのが「発泡酒」という新しいカテゴリーであり、それは後の「第三のビール」誕生への序章とも言える存在でした。

日本のビール酒税は、1900年代初頭に麦芽の使用比率を基準とする複雑な課税体系が導入されたことに遡ります。当初は、麦芽100%のビールが主流でしたが、戦後の物資不足の時代には、麦芽以外の原料(米、コーン、スターチなど)の使用が許容されるようになりました。しかし、麦芽の使用比率が税率を決定する主要な要素であり続けたため、メーカーは麦芽比率を抑えつつも、ビールらしい風味を保つための技術開発に力を注ぐことになります。

転機が訪れたのは1990年代半ばです。当時の日本のビール酒税は、麦芽比率が67%以上の場合に最も高い税率が適用されていました。これに対し、消費者の間では価格競争の激化や節約志向の高まりから、より安価なアルコール飲料へのニーズが高まっていました。このような市場の動向と税制の特性に着目したのが、ビールメーカーでした。彼らは、麦芽比率を意図的に下げることで、ビールよりも低い税率が適用される新たなカテゴリーのアルコール飲料を開発することを試みました。

そして1994年、麒麟麦酒(現:キリンビール)が発売した「キリン ビールテイストアルコール飲料」が、「発泡酒」という新しいジャンルの扉を開きます。この製品は、麦芽比率を25%未満に抑えることで、当時のビール酒税の税率よりも大幅に低い税率が適用され、ビールよりも格段に安い価格で提供されました。この発泡酒の登場は、消費者に「安価なビール代替品」という新たな選択肢を提供し、瞬く間に市場に浸透していきます。

発泡酒の成功は、他のビールメーカーにも波及し、アサヒビール、サッポロビール、サントリーなども追随して発泡酒市場に参入しました。各社は、低価格でありながらも「ビールに近い味わい」を追求するため、醸造技術や原材料の配合に様々な工夫を凝らしました。これにより、発泡酒は単なる「安い代替品」ではなく、独自の進化を遂げ、消費者からの支持を確固たるものにしていきました。

しかし、発泡酒の成功は、国税当局にとって想定外の税収減という問題をもたらしました。消費者が高税率のビールから低税率の発泡酒へと流れたことで、ビール酒税全体の税収が減少したためです。これに対し、国税当局は1996年に酒税法を改正し、発泡酒の税率を引き上げました。この税率引き上げは、発泡酒の価格優位性をある程度失わせるものでしたが、それでも発泡酒はビールよりは安価であり続けたため、その市場は縮小することなく、ビール市場の一角を担い続けました。

このように、ビール酒税の歴史と発泡酒の誕生は、税制がいかに市場の構造を変化させ、新たな製品カテゴリーを生み出す原動力となるかを明確に示しています。メーカーは税制という制約の中で、いかに消費者のニーズに応え、かつ収益を確保できるかを模索し、その結果として発泡酒という革新的な製品が誕生したのです。発泡酒の成功は、税率のわずかな違いが、巨大な市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めていることを証明しました。そして、この発泡酒の登場と税制改正の経験が、後の「第三のビール」という、さらに大胆な市場形成へと繋がっていくことになるのです。

「第三のビール」誕生の決定打となった税制優遇策

発泡酒の成功により、ビール市場における税制の役割が明確になりました。しかし、発泡酒もまた、その麦芽比率によって酒税が課されるため、究極の低価格競争においては限界がありました。ここで、日本の酒税制度が持つ、さらなる「隙間」がメーカーによって見出され、これが「第三のビール」、すなわち「新ジャンル」の誕生における決定的な引き金となりました。この決定打は、特定の製法と原材料を用いることで、従来のビールや発泡酒とは全く異なる、格段に低い税率が適用されるカテゴリーを発見し、戦略的に活用したことに他なりません。

この税制優遇策の核心は、酒税法における「ビール」「発泡酒」の定義から意図的に外れる、「その他の醸造酒」や「リキュール(発泡性)」といった酒税区分に製品を分類することでした。当時の酒税法では、ビールと発泡酒は麦芽の使用比率で課税されていましたが、麦芽を全く使用しない、あるいは極めて少量に抑え、さらに特定のアルコール成分を添加することで、これらの低税率カテゴリーに分類できる道筋が存在したのです。

特に重要だったのが、「麦芽を一切使用しない、あるいは麦芽比率が非常に低い発泡性飲料に、麦以外の穀物(例えばトウモロコシやジャガイモなど)を原料としたスピリッツを添加する」という製法でした。

具体的には、大きく分けて二つのアプローチがありました。一つは、麦芽を一切使用せず、大豆やエンドウ豆などの植物性タンパク質を主原料とした発泡性アルコール飲料に、後からスピリッツ(蒸留酒)を添加する方法です。この製法であれば、製品は「その他の醸造酒」には該当せず、スピリッツを添加しているため「リキュール」という分類になり、かつ「発泡性」という特性を持つことで、従来のビールや発泡酒と比較して著しく低い酒税が適用されました。これは、サッポロビールが2004年に発売した「ドラフトワン」が先駆けとなり、その画期的な価格設定で消費者に衝撃を与えました。

もう一つのアプローチは、麦芽比率の低い発泡酒に、麦を原料としないスピリッツを添加する方法です。発泡酒の定義から外れる形でスピリッツを加えることで、これもまた「リキュール(発泡性)」のカテゴリーに分類され、発泡酒よりもさらに低い税率が適用されることになりました。キリンビールが2005年に発売した「キリン のどごし<生>」は、この製法によって市場に投入され、その圧倒的なコストパフォーマンスとビールに近い味わいで、瞬く間に「第三のビール」市場のトップランナーとなりました。

これらの製法は、まさに酒税法の抜け穴、あるいはメーカーが最大限に活用し得る税制上の「優遇策」でした。国税庁も、当時の酒税法の定義に則っていれば、それを規制することはできませんでした。メーカー各社は、この税制上の優位性を最大限に生かし、「いかにしてビールに似た風味を、最も税金のかからない原材料と製法で実現するか」という難題に挑みました。これには、大豆タンパクの発酵技術、ホップの香りを再現する香料の開発、スピリッツの選定とブレンド技術など、高度な醸造技術と研究開発力が求められました。

「第三のビール」が市場に登場したタイミングも、その成功を後押ししました。2000年代に入り、日本経済はデフレ基調が続き、消費者の「節約志向」はますます強まっていました。ビールに親しんできた消費者の多くが、より安価な発泡酒に流れていましたが、「第三のビール」は、さらにその価格を下回る設定で市場に投入されたため、「とにかく安く、ビール気分を味わいたい」という潜在的な巨大ニーズを掘り起こすことに成功しました。

この税制優遇策の活用は、単なる価格競争を超え、既存のビール市場のパラダイムを根本から変えるものとなりました。高税率のビール、中税率の発泡酒、そして低税率の第三のビールという三層構造が確立され、消費者は自身の予算や好みに応じて、より多様な選択肢を持つことができるようになりました。同時に、ビールメーカーにとっては、高税率のビール市場に安住することなく、常に税制の動向を注視し、新たな市場のニーズに対応するためのイノベーションを追求するインセンティブとなりました。結果として、「第三のビール」は、日本の酒類市場において独自の巨大なカテゴリーを築き上げ、税制がいかに強力な市場形成力を持ち得るかを、改めて世界に示した好例となったのです。

酒税法改正と「新ジャンル」の定義

「第三のビール」が市場で爆発的な成功を収めるにつれ、国税当局はその状況を看過できなくなりました。発泡酒の時と同様に、高税率のビールから低税率の「第三のビール」へと消費者の需要が大きくシフトしたことで、酒税収入の減少という深刻な問題が浮上したからです。これに対し、国は酒税法の改正を検討し、ついに「第三のビール」を公式に定義し、課税対象とすることに踏み切ります。この一連の動きは、税制が市場を創造する一方で、その市場の動向に応じて税制が再定義され、再び市場に影響を与えるという、ダイナミックな相互作用を示しています。

「第三のビール」の登場は、既存の酒税法における「ビール」や「発泡酒」の定義が、技術革新や市場の変化に追いついていないことを浮き彫りにしました。メーカーは既存の税法の枠組みの中で、より税率の低いカテゴリーを見つけ出し、そこに製品を投入することで成功を収めました。しかし、国税当局からすれば、これは意図しない税収の逸失に他なりませんでした。そこで、2006年と2007年、そして2017年には、段階的に酒税法の大規模な改正が行われることになります。

2006年の酒税法改正では、「第三のビール」が「その他の醸造酒」や「リキュール(発泡性)」として分類されることが改めて明確化され、これらの製品に対する税率が見直されました。特に重要なのは、麦芽比率による分類から一歩進んで、「麦芽以外の穀物等を原料とする発泡性酒類」や「麦芽を原料としない発泡酒にスピリッツ等を加えたもの」といった、これまでの「第三のビール」の製法を網羅する形で、その定義と税率が設定された点です。これにより、「第三のビール」は「新ジャンル」という呼称とともに、酒税法上の独立したカテゴリーとして位置づけられることになります。

この改正により、「第三のビール」の税率は、ビールよりも低いものの、これまで享受してきた「税率が著しく低い」という優位性は徐々に薄まる方向へ向かいました。政府の狙いは、ビール、発泡酒、新ジャンルの税率を段階的に均一化し、最終的には「ビール」の税率に近づけることで、税収の安定化を図ることにありました。これは、「酒税の公平性を確保する」という大義名分のもとに行われましたが、実質的には低価格帯の製品が拡大しすぎたことへの「是正措置」としての側面が強かったと言えるでしょう。

特に大きな影響を与えたのが、2017年の酒税法改正です。この改正では、2020年、2023年、そして2026年の3段階にわたって、ビールの定義が変更され、麦芽比率50%以上に統一されるとともに、ビール、発泡酒、新ジャンルの税率を最終的に一本化することが決定されました。この改正は、ビール、発泡酒、新ジャンルの間の税率格差を段階的に解消し、これまで税率によって分類されていた飲料カテゴリーの垣根を取り払うことを目指すものでした。

この税制改正の発表は、ビール業界に大きな衝撃を与えました。特に「新ジャンル」に注力してきたメーカーにとっては、これまでのビジネスモデルの根幹を揺るがすものとなったからです。低価格を最大の武器としてきた「新ジャンル」は、税率の引き上げにより、その価格優位性が失われることになります。このため、メーカー各社は、今後の市場戦略の再構築を迫られることになりました。単なる価格競争から、製品の品質、ブランドイメージ、独自の価値提供といった、より本質的な競争へとシフトしていく必要性が生じたのです。

酒税法改正と「新ジャンル」の定義は、税制が市場を形作る力だけでなく、市場の動向が税制を動かし、その税制が再び市場に影響を与えるという、循環的な関係を如実に示しています。国税当局は、市場の「抜け穴」を塞ぎ、税収の安定化を図るために酒税法を改正しました。これにより、「第三のビール」という市場の隙間から生まれたイノベーションは、その存在意義を問われることになりましたが、同時にメーカーには新たなイノベーションを促す機会にもなりました。この一連の酒税法改正は、単なる税率変更以上の、日本の酒類市場全体に大きな影響を与え続ける重要な転換点となったのです。

節約志向が生んだ新たな需要と消費行動の変化

「第三のビール」の誕生と市場での成功は、単に税制の優位性を突いたメーカー戦略の結果だけではありません。その根底には、日本社会における長期的な経済状況の変化と、それによって生まれた消費者の「節約志向」という強いニーズがありました。この節約志向こそが、従来のビール市場では満たされなかった新たな需要を顕在化させ、「第三のビール」が爆発的に普及する土壌を形成したのです。消費行動の変化は、まさに市場を形作る大きな力となったと言えるでしょう。

1990年代後半から2000年代にかけて、日本経済は「失われた20年」とも称される長期的なデフレと経済停滞に直面しました。企業のリストラ、非正規雇用の増加、賃金の伸び悩みといった経済状況は、多くの家庭の家計に影響を与え、「いかに支出を抑えるか」が日常生活における喫緊の課題となりました。このような社会情勢の中で、消費者の購買行動は「品質やブランドを追求する」よりも、「コストパフォーマンスの高さ」や「手軽さ」を重視する方向へとシフトしていきました。

特に、ビールのような日常的に消費されるアルコール飲料は、家計に与える影響が大きいため、価格に対する消費者の感度は非常に高くなりました。当時のビールは、一杯あたりのコストが高く、毎日の晩酌には贅沢品と感じる層も少なくありませんでした。そこに登場したのが、ビールよりも大幅に安価な発泡酒でした。発泡酒は、従来のビール愛飲層の一部を取り込み、新たな市場を形成しましたが、それでもまだ「もう少し安ければ」という消費者の声は存在していました。

このような状況で、「第三のビール」は、発泡酒よりもさらに安価な価格設定で市場に投入されました。この価格は、多くの消費者にとって「毎日の晩酌を気兼ねなく楽しめる」という、これまでにない価値を提供しました。例えば、これまで「ビールは週末だけ」と決めていた消費者が、「第三のビール」であれば「平日も毎日飲める」と認識するようになったのです。これは、「消費者の生活習慣そのもの」に変化をもたらすほどのインパクトがありました。

節約志向は、単に安いものを求めるだけでなく、「安くてもそれなりに満足できる品質」を求める傾向も生みました。メーカー各社は、「第三のビール」の価格優位性を確保しつつも、ビールに近い味わい、のどごし、香りを再現するための技術開発に莫大な投資を行いました。その結果、初期の「第三のビール」には見られなかった、高品質で多様なフレーバーを持つ製品が次々と登場し、消費者の選択肢を広げました。これは、価格だけでなく、味の面でも消費者の期待に応えようとするメーカーの努力が、消費行動の変化をさらに加速させたことを意味します。

また、消費者の情報収集行動も変化しました。インターネットの普及により、価格比較サイトや口コミサイトを通じて、最もコストパフォーマンスの高い製品を見つけることが容易になりました。「第三のビール」は、そうした情報の中で「安いのに美味しい」「家計に優しい」といった評価を得て、さらにその需要を拡大させていきました。SNSの普及も、友人間の情報共有を通じて、この新しいカテゴリーの飲料が「賢い選択」であるという認識を広める一助となりました。

結果として、「第三のビール」は、単なる低価格製品の登場という枠を超え、日本のアルコール飲料市場における新たな「日常の定番」としての地位を確立しました。従来のビール市場は縮小傾向にある一方で、「第三のビール」を含む新ジャンルは、ビール市場全体の約半分を占めるほどの巨大な市場に成長しました。これは、消費者の節約志向が、既存の市場構造を破壊し、全く新しい需要と消費行動のパターンを創造する力を持っていることを明確に示しています。

この消費行動の変化は、今後の経済状況や税制の動向によって再び変化する可能性を秘めていますが、「第三のビール」の事例は、消費者のニーズが、税制や企業の戦略と結びつくことで、いかに市場をダイナミックに動かすかを示す重要な教訓となっています。節約志向が生んだ新たな需要は、単に製品の売上を伸ばしただけでなく、日本の飲料市場全体のイノベーションと多様化を促進したと言えるでしょう。

メーカー各社の戦略と熾烈な競争の幕開け

「第三のビール」、通称「新ジャンル」の登場は、日本の酒類市場、特にビール業界に未曾有の競争時代をもたらしました。税制が作り出した新たな市場の隙間は、ビールメーカー各社にとって、収益性の低いビール市場の現状を打破し、新たな成長機会を掴むための絶好のチャンスと映ったからです。しかし、そのチャンスをものにするためには、単に安価な製品を出すだけでなく、消費者の求める「ビールに近い満足感」と「持続的なイノベーション」が不可欠でした。これにより、各社は独自の戦略を打ち出し、熾烈な競争の幕が切って落とされたのです。

この競争をリードしたのは、まず「価格戦略」と「製法技術の革新」でした。2004年にサッポロビールが発売した「ドラフトワン」は、大豆ペプチドを主原料とする画期的な製法で「第三のビール」の扉を開き、その圧倒的な価格で市場に衝撃を与えました。これに続き、2005年にはキリンビールが「のどごし<生>」を投入。こちらは麦を原料としないスピリッツを添加する製法で、よりビールに近い「のどごし」と「キレ」を追求し、瞬く間に市場シェアを拡大しました。アサヒビールも「アサヒ スタイルフリー」で参入し、「糖質ゼロ」という健康志向の付加価値で差別化を図るなど、各社は製法とコンセプトの両面で凌ぎを削りました。

競争の激化に伴い、各メーカーは「ブランド戦略」と「マーケティング」にも力を入れました。単に安いだけでは消費者は飽きてしまうため、「第三のビール」にもそれぞれのブランドイメージや特徴が求められました。「のどごし<生>」は、「ゴクゴク飲める爽快感」を全面に押し出し、夏のレジャーやスポーツ観戦といったシーンでの消費を喚起しました。「金麦」を展開するサントリーは、「麦のうまみと香り」を強調し、よりビールらしい味を追求する層にアピール。アサヒの「スタイルフリー」は、健康意識の高い層に「糖質ゼロ」のメリットを訴求するなど、ターゲット層を明確にしたプロモーションが展開されました。

これらの戦略は、テレビCM、交通広告、店頭プロモーションなど、あらゆるチャネルで展開され、消費者の「第三のビール」に対する認知度と理解度を高めました。特に、有名タレントを起用したCMは、製品のイメージアップだけでなく、その低価格性から「賢い選択」というポジティブな印象を植え付けることに成功しました。これにより、「第三のビール」は、単なる安価な模倣品ではなく、それぞれのブランドが持つ独自の価値として消費者に認識されるようになりました。

さらに、熾烈な競争は「商品ラインナップの多様化」をもたらしました。レギュラー商品だけでなく、季節限定品、高アルコール度数、糖質オフ・ゼロ、プリン体オフ、さらにはノンアルコールビールテイスト飲料の登場など、消費者のあらゆるニーズに応えるべく、製品ポートフォリオが拡大していきました。これは、メーカーが単に税制の優位性にあぐらをかくのではなく、常に消費者の変化する嗜好を捉え、研究開発とイノベーションを怠らなかった証と言えるでしょう。新製品の開発サイクルは驚くほど速く、市場は常に新しい刺激に満ちていました。

しかし、この熾烈な競争は、メーカーにコスト削減と生産効率の最大化も強く求めました。低価格で提供するためには、原材料の調達から製造、流通に至るまで、サプライチェーン全体の最適化が不可欠でした。各社は、生産設備の増強、効率的な工場運営、物流コストの削減など、あらゆる面で徹底したコスト管理を行いました。これは、「第三のビール」が、単なる税制優遇の恩恵だけでなく、メーカー各社の経営努力と技術力の結晶であることを示しています。

この「第三のビール」を巡る競争は、既存のビール市場を大きく変革し、消費者に多様な選択肢と価値を提供しました。そして、それはまた、税制が作り出した市場の隙間を、メーカーの革新と競争がいかに具体的に埋め、発展させていくかを示す鮮やかな事例となりました。しかし、この熾烈な競争も、後の酒税法改正によって再び転換点を迎えることになります。それでも、この時期に培われたメーカー各社の技術力、マーケティング力、そして市場適応能力は、現在の酒類市場においても重要な資産であり続けているのです。

ビール・発泡酒・第三のビールの市場すみ分け

「第三のビール」の登場と普及は、日本の酒類市場、特にビールカテゴリに明確な三層構造を築き上げました。かつては「ビール」が圧倒的な存在感を放っていましたが、発泡酒、そして「第三のビール」(新ジャンル)が加わることで、それぞれの製品が異なる価格帯と価値を提供し、消費者セグメントに応じた市場の「すみ分け」が急速に進んだのです。このすみ分けは、単なる価格の違いだけでなく、消費者のライフスタイル、嗜好、そして経済状況が複雑に絡み合った結果として形成されました。

まず、「ビール」の立ち位置です。税率が最も高いため、価格も最も高価なカテゴリーとなりました。これにより、ビールは「本格的な味わいを追求する」「特別な日の贅沢」「贈答品としての価値」といったポジションを確立しました。消費者は、多少高くても「本物のビールならではのコクと香り」「麦芽100%のぜいたく」といった、味覚的な満足感やブランド価値を求める際にビールを選択するようになりました。また、ビールの持つ歴史や伝統、プレミアム感も、その地位を支える重要な要素です。パーティーや会食、あるいは週末の特別な晩酌など、「質の高い体験」を重視する場面で選ばれる傾向が強まりました。

次に、「発泡酒」の立ち位置です。ビールよりも税率が低く、価格も手頃であるため、「日常的にビールに近い味わいを楽しみたいが、価格も重視したい」という消費者のニーズに応える存在となりました。発泡酒は、麦芽比率を抑えつつも、ビール特有の爽快感や苦味、香りを再現する技術が進んだことで、「安かろう悪かろう」というイメージを払拭し、独自の支持層を獲得しました。特に、健康志向の高まりとともに、「糖質オフ」や「プリン体ゼロ」といった機能性を付加した発泡酒が登場し、健康に気を遣いながらもアルコールを楽しみたい層に支持されました。発泡酒は、「コストと品質のバランス」を求める消費者の「日常の晩酌」に深く浸透していきました。

そして、「第三のビール」(新ジャンル)です。最も税率が低く、それゆえ「圧倒的な低価格」が最大の武器となりました。このカテゴリーは、主に「とにかく安く、毎日気兼ねなく飲めるアルコール飲料」を求める層、特に経済的な制約が大きい若年層や、家計を節約したいファミリー層に絶大な支持を得ました。初期の「第三のビール」は、味の面でビールや発泡酒に劣ると評されることもありましたが、メーカー各社の研究開発努力により、「ビールらしい味わい」の再現性が格段に向上しました。これにより、「第三のビール」は、単なる代替品ではなく、「価格を気にせず、毎日気軽に飲める手軽な存在」として、独自の市場を確立しました。

この三層構造は、消費者の購買決定プロセスにも変化をもたらしました。以前は「どのビールにするか」という選択でしたが、この時期以降は「今日はビールにするか、発泡酒にするか、それとも第三のビールにするか」という、予算やシーンに応じた多段階の選択が日常的になりました。例えば、給料日後や来客がある時はビール、普段の晩酌は発泡酒、家計が厳しい時や飲み会の二次会で量を飲む際は第三のビール、といった具合に、消費者のニーズと製品の価格・価値が複雑に連動するようになりました。この市場のすみ分けは、メーカー各社にとっても重要な戦略課題となりました。各社は、ビール、発泡酒、第三のビールのそれぞれのカテゴリーで強力なブランドを育成し、消費者の多様なニーズに応えるポートフォリオ戦略を展開しました。例えば、アサヒビールは「スーパードライ」でビール市場を牽引しつつ、「スタイルフリー」で発泡酒の健康志向を、そして「クリアアサヒ」で第三のビールの低価格帯を攻略するなど、全方位での市場獲得を目指しました。

しかし、このすみ分けもまた、今後の酒税法改正によって変化を余儀なくされます。特に2020年以降の税率一本化の動きは、これまで価格によって明確に分かれていた市場の境界線を曖昧にし、新たな競争環境を生み出しています。それでも、この時期に形成された「ビール」「発泡酒」「第三のビール」それぞれのブランドイメージや消費者の認識は、今後も市場戦略を考える上で重要な基盤となるでしょう。税制が消費者の行動を喚起し、それが市場のすみ分けを生んだこのフェーズは、まさに市場形成における税制の強力な影響力を物語るものです。

2020年以降のビール酒税改正がもたらす影響

「第三のビール」の誕生と繁栄は、日本の酒税制度の「隙間」が市場をいかに大きく動かすかを示してきました。しかし、その動きを国税当局が看過することはなく、税収の安定化と公平性の確保を目的とした大規模な酒税法改正が2017年に決定され、2020年以降、段階的に実施されています。この改正は、これまで明確にすみ分けられていたビール、発泡酒、そして「第三のビール」(新ジャンル)の税率を最終的に一本化するという、まさにゲームチェンジャーと呼べるものであり、酒類市場に根本的な変革をもたらしています。

この改正の最大の特徴は、2020年10月、2023年10月、そして2026年10月の3段階で、ビール、発泡酒、新ジャンルの税率をビールに一本化していくという点です。具体的には、ビールは段階的に減税され、発泡酒と新ジャンルは段階的に増税されます。これにより、最終的には「ビール」というカテゴリーに集約され、それぞれの酒税は同じになることが定められました。この動きは、これまでの「価格の安さ」を最大の武器としてきた「第三のビール」にとって、その存在意義そのものを揺るがす喫緊の課題となりました。

2020年の第一段階の税率改正では、ビールの減税と、新ジャンルの増税が実施されました。これにより、スーパーやコンビニエンスストアの店頭価格で、新ジャンルと発泡酒の価格差、そして発泡酒とビールの価格差が縮小しました。特に、これまで最も安価だった新ジャンルの価格が上昇したことは、消費者の購買行動に直接的な影響を与えています。価格を重視してきた消費者が、以前よりも価格差が縮まったことで、「少し高くても、よりビールの味に近い発泡酒や、いっそ本格ビールを試してみようか」と考えるきっかけが生まれました。

この税率一本化の動きは、メーカー各社にも戦略の抜本的な見直しを迫っています。これまで新ジャンル市場で培ってきた低価格戦略だけでは、今後の競争を勝ち抜くことが困難になるからです。各社は、以下のようないくつかの方向性で対応を進めています。

  • 製品価値の再定義と高品質化: 価格優位性が薄れる中で、新ジャンルや発泡酒は「安さだけでなく、確かな品質や独自の価値」を提供することが求められるようになりました。「高価格帯のビールに匹敵する味」「特定の食事に合う」「機能性(糖質ゼロなど)の強化」など、価格以外の魅力を打ち出す動きが加速しています。
  • ブランドポートフォリオの再編: ビール、発泡酒、新ジャンルという三層のブランド戦略から、税率一本化後の市場を見据えた新たなブランド戦略が練られています。主力ブランドのリニューアルや、新しいコンセプトの製品開発など、これまで以上に消費者の多様なニーズに応えるための模索が続いています。
  • 生産体制とサプライチェーンの最適化: 利益率を確保するためには、これまで以上に徹底したコスト削減が必須となります。製造プロセスの効率化、原材料調達の見直し、物流網の再構築など、サプライチェーン全体の最適化が図られています。
  • マーケティング戦略の転換: 「安さ」を強調するプロモーションから、「味」「体験」「ブランドの世界観」を訴求するマーケティングへの転換が進んでいます。消費者が価格以外の要素で製品を選ぶようになることを想定し、情緒的な価値やライフスタイル提案を重視する動きが顕著です。
  • RTD(Ready To Drink)やノンアルコール分野への注力: ビールテイスト飲料市場全体が縮小する可能性を見据え、チューハイやハイボールなどのRTD市場や、健康志向の高まりを背景としたノンアルコール飲料市場への注力を強化するメーカーも増えています。これらの分野は、ビール酒税の影響を直接受けないため、新たな成長の柱として期待されています。

2026年の最終一本化に向けて、市場はさらに大きな変化を経験するでしょう。これまで安価な選択肢として「第三のビール」を愛飲してきた消費者の中には、他のアルコール飲料へとシフトする層も出てくるかもしれません。しかし、同時に、メーカー各社の努力によって、これまで以上に高品質で多様なビールテイスト飲料が市場に登場する可能性も秘めています。この一連の税制改正は、税制が単に市場を形作るだけでなく、市場の成熟期において、その構造を「再構築」する力を持つことを示す、重要な事例となるでしょう。消費者、メーカー、そして国税当局の三者にとって、この先の数年間は、日本の酒類市場の未来を決定づける重要な局面となることは間違いありません。

「第三のビール」の立ち位置と今後の市場展望

2020年以降の酒税法改正が段階的に進む中、「第三のビール」(新ジャンル)は、その誕生以来最大の転換期を迎えています。かつては「圧倒的な低価格」を武器に市場を席巻し、消費者の節約志向と合致して爆発的な成長を遂げたこのカテゴリーは、税率一本化の動きによってその主要な強みが薄れつつあります。しかし、だからといって「第三のビール」が市場から姿を消すわけではありません。むしろ、この変化は、「第三のビール」が新たな価値を見出し、市場における立ち位置を再定義する機会となっています。今後の市場展望を考える上で、その多角的な変化を読み解くことが重要です。

まず、「第三のビール」の現在の立ち位置についてです。税率の引き上げにより、ビールや発泡酒との価格差は縮小しましたが、それでもなお、新ジャンルは「手軽に楽しめる価格帯」という位置づけを維持しています。特に、長年にわたるメーカー各社の技術開発とマーケティング戦略により、「第三のビール」は「ビールらしい味わい」の再現性が格段に向上し、多くの消費者に受け入れられる品質を獲得しました。単なる「安い代替品」ではなく、「一定の品質とコスパを両立させた日常使いの飲料」として、独自のブランドイメージを築き上げています。

これは、単に「価格が安いから」という理由だけでなく、「のどごし<生>」のような特定のブランドに対する愛着や、「金麦」のような食事との相性を訴求するコンセプトが浸透した結果でもあります。

今後の市場展望を考える上で、最も重要な要素は、「価格以外の価値」の追求です。税率が一本化されれば、純粋な価格競争の優位性は失われます。このため、メーカー各社は、「なぜ消費者が、あえてその新ジャンルを選ぶのか」という問いに、より明確な答えを提供する必要があります。

  • 機能性の強化と多様化: 「糖質ゼロ」「プリン体ゼロ」といった健康志向の機能性は、今後も「第三のビール」の重要な価値の一つであり続けるでしょう。さらに、「高アルコール度数」「食物繊維配合」など、消費者の多様なニーズに応える新たな機能性の開発が進む可能性があります。
  • 味覚の追求と独自性の確立: ビールとの税率差がなくなることで、より麦芽に近い原材料や製法への投資が可能になります。これにより、より「本格的な味わい」や、特定のスタイル(IPA風、黒ビール風など)を模倣した製品など、味覚における独自性を追求する動きが活発化するでしょう。特定の食事とのペアリングを提案するなど、ライフスタイル提案も強化されると見られます。
  • ブランドストーリーと体験価値の提供: 価格競争から脱却するためには、製品そのものだけでなく、ブランドが提供するストーリーや飲用体験が重要になります。CMやSNSを通じた共感を呼ぶブランディング、限定品やコラボレーションによる特別感の演出など、消費者の感情に訴えかけるマーケティングがさらに強化されるでしょう。
  • 環境配慮と持続可能性: SDGsへの意識の高まりとともに、環境に配慮したパッケージや生産プロセス、地域貢献といった企業の姿勢が、消費者の購買選択に影響を与える要素となる可能性があります。

一方で、市場全体の動向としては、以下のような変化も予想されます。

  • カテゴリー間の流動性の高まり: 税率差が縮まることで、消費者の中で「ビール」「発泡酒」「第三のビール」の垣根が低くなり、その日の気分やシーン、予算に応じて、これまで以上に自由にカテゴリーを行き来するようになる可能性があります。これにより、メーカー間の直接的な競争はより激化するでしょう。
  • プレミアム市場への回帰と多様化: 「本格的なビール」への回帰や、クラフトビールなど多様なスタイルを求める動きが加速する可能性があります。一方で、「第三のビール」が培ってきた「気軽に楽しめる」というコンセプトは、低価格帯の需要として一定数を維持すると見られます。
  • ノンアルコール・RTD市場との連携: 健康志向の高まりや飲酒習慣の変化により、ノンアルコールビールテイスト飲料や、チューハイ・ハイボールなどのRTD(Ready To Drink)市場との境界線が曖昧になる可能性があります。「第三のビール」の製造ノウハウが、これらの分野での製品開発に活かされることも考えられます。

「第三のビール」は、税制という強力な外部要因によって市場に生まれ、成長し、そして今、再び税制の変化によってその存在意義を問われています。しかし、その過程で培われたメーカー各社の技術力、マーケティング力、そして消費者のニーズを捉える力は、今後の市場で生き残るための重要な資産となるでしょう。低価格競争の終焉は、「第三のビール」が新たな価値を創造し、より成熟した市場へと進化する機会を与えているとも言えます。今後の数年間で、このカテゴリーがどのような「第二章」を紡ぎ出すのか、その動向は日本の酒類市場全体に大きな示唆を与えることになるでしょう。

税制が市場を創造する力:第三のビールが示す教訓

「第三のビール」の誕生から隆盛、そして酒税法改正による変革期という一連の物語は、単なるビールの歴史の一ページではありません。それは、「税制がいかに強力な市場形成力を持ち得るか」という、経済学、経営戦略、そして政策立案のあらゆる側面において、極めて重要な教訓を示しています。この事例は、税制が単なる財源確保の手段に留まらず、産業構造を再編し、新たな製品カテゴリーを創造し、消費者の行動様式まで変え得る、ダイナミックなツールであることを雄弁に物語っています。

まず第一の教訓は、「税制は、意図せずして新たな市場の『隙間』を生み出す可能性がある」という点です。日本の酒税法は、ビールの麦芽比率による課税基準を設けていましたが、これは「麦芽を使わない、あるいは少量しか使わないが、ビールに似た発泡性飲料」の誕生を予期していませんでした。この定義の隙間をメーカーが見つけ出し、そこに低税率というインセンティブが重なった結果、「第三のビール」という全く新しい市場が創造されました。これは、法律や制度が、その設計者の意図を超えて、予期せぬ市場のイノベーションを誘発し得ることを示唆しています。

第二の教訓は、「税制優遇は、企業のイノベーションと競争を強力に促進する」という点です。「第三のビール」は、低税率という明確な経済的メリットがあったからこそ、メーカー各社が多大な研究開発投資を行い、これまでにない製法や原材料の組み合わせを模索しました。大豆ペプチドを使ったり、麦以外の穀物由来のスピリッツを添加したりと、既存のビールの常識を覆す技術革新が次々と生まれました。これは、税制という外部要因が、企業に新たな挑戦を促し、技術開発や品質向上といった競争を激化させる起爆剤となることを証明しています。もし税率の差がなければ、これほどまでに多様なビールテイスト飲料が生まれることはなかったでしょう。

第三の教訓は、「税制の変化は、消費者の購買行動と市場の構造を大きく変える」という点です。デフレ経済下で節約志向が高まっていた消費者は、低価格で「ビール気分」を味わえる「第三のビール」に飛びつきました。これにより、高価なビールから安価な第三のビールへと需要がシフトし、酒類市場全体の売上構成比が大きく変動しました。消費者は、単に「安いから」という理由だけでなく、「賢い選択」として「第三のビール」を受け入れ、そのライフスタイルに組み込んでいきました。これは、税制が、消費者の意識決定や購買行動に直接的・間接的に影響を与え、結果として市場全体の勢力図を塗り替える力を持つことを示しています。

第四の教訓は、「市場の変化は、再び税制の『再編』を促す」という、税制と市場の相互作用の重要性です。「第三のビール」の成功による税収減という問題は、国税当局に酒税法の改正を促し、税率の一本化へと繋がりました。これは、市場が税制の想定を超えて成長した場合、国家は財政安定のために税制を調整し、その調整が再び市場に影響を与えるという、ダイナミックな循環があることを示しています。政策立案者は、単に短期的な税収だけでなく、長期的な産業育成や消費者の動向まで見据えた、より戦略的な税制設計の重要性を認識する必要があります。

最後に、この事例は、「既存の枠組みにとらわれない発想が、市場のブレイクスルーを生む」という、ビジネスパーソンへの示唆も与えています。メーカー各社が酒税法の定義を深く読み解き、そこに新たな可能性を見出したように、あらゆる産業において、規制や制度の「隙間」や「解釈」の中に、次のイノベーションのヒントが隠されているかもしれません。税制という一見堅固な枠組みの中で、いかに創造性を発揮し、消費者の潜在ニーズに応えるか。この「第三のビール」の物語は、その問いに対する鮮やかな回答の一つと言えるでしょう。

総じて、「第三のビール」の事例は、税制が単なる国の財政手段ではなく、市場を形成し、企業を刺激し、消費者を動かす、極めて強力な市場形成ツールであることを明確に示しています。今後の経済政策や産業戦略を考える上で、この歴史的教訓は、未来の市場を創造するための重要な示唆を与え続けるはずです。

まとめ:税制が市場を形作る真実

「第三のビール」の誕生からその隆盛、そして酒税法改正による変革期という一連の物語は、私たちが普段意識することの少ない「税制」が、いかに市場経済の根幹を揺るがし、新たな産業や消費行動を生み出す強力な力を持つかを、これ以上ないほど鮮明に示しています。本記事を通して見てきたように、この現象は単なる偶然の産物ではなく、複雑に絡み合った社会、経済、そして政策の相互作用の結果として生まれた「市場創造の真実」がそこには存在しました。

まず、物語の出発点にあったのは、「税制が意図しない形で市場に新たな『隙間』を生み出した」という事実です。既存の酒税法における麦芽比率による分類という枠組みが、メーカーに「低税率の製品を生み出す機会」を与えました。この隙間をメーカーが見逃さず、技術革新と独創的な発想で製品化したことが、「第三のビール」という全く新しいカテゴリーの誕生に繋がりました。これは、いかなる制度設計も、その意図を超えた市場の動きを誘発し得るという、政策の「不確実性」を浮き彫りにします。

次に、「消費者の節約志向という社会的なニーズと、税制が作り出した低価格という利点が奇跡的に合致した」点が、この市場の爆発的成長を後押ししました。経済の停滞が続く中で、消費者は「安くてもそれなりに満足できるもの」を強く求めていました。「第三のビール」は、このニーズに完璧に応える形で市場に受け入れられ、「価格が市場を形成する重要なドライバーである」ことを改めて示しました。メーカー各社が、このニーズに応えるべく、製法技術とマーケティングに惜しみない投資を行ったことも、その成功の大きな要因となりました。

さらに、「メーカー間の熾烈な競争が、市場全体のイノベーションを促進した」側面も無視できません。税制の恩恵にあぐらをかくことなく、各社は「いかにしてビールに近い味わいを低コストで実現するか」という難題に挑み続けました。この競争は、単なる価格競争に留まらず、味の改善、機能性の付加、ブランドイメージの確立といった非価格競争にも及び、結果として多様で高品質な「第三のビール」が市場に供給されることになりました。これは、税制が競争環境を作り出し、その中で企業が成長し、市場全体が発展するという、市場経済の健全な循環を示しています。

そして、「市場の動きが、再び税制の再編を促した」という最終段階は、税制と市場の間に存在する動的な相互作用を明確に物語っています。「第三のビール」の成功による税収減は、国税当局に酒税法改正の必要性を認識させ、税率一本化への道を辿ることになりました。これは、税制が一方的に市場を規定するだけでなく、市場の状況が政策決定にフィードバックされ、制度が再調整されるという、より複雑な関係性を示唆しています。今後の市場は、価格以外の価値、ブランドの魅力、そして持続可能性といった要素が、これまで以上に重要になるでしょう。

「第三のビール」の事例は、あらゆる業界の経営者、政策立案者、そして消費者に向けた重要な教訓を内包しています。それは、税制が単なる財源確保の道具ではなく、産業の興隆を左右し、消費者の生活様式を規定し、国家経済の方向性を決定づける、極めて戦略的なツールであるという真実です。私たちは、税制の動向を単なるコスト要因として捉えるのではなく、市場創造のインセンティブ、あるいは市場構造変化のシグナルとして深く読み解く必要があります。この理解こそが、変化の激しい現代市場において、企業が持続的な成長を遂げ、国家が豊かな社会を築いていくための鍵となるでしょう。

「税制が市場を形作る。」この言葉の真実を、「第三のビール」の物語は、私たちに雄弁に語りかけています。

当サイト上の外部リンクは全て正規販売店(Amazon,DMM,Rakuten)へのリンクです